ワールドコングレス  ノルウエー・トロンヘイム



I
PA世界大会に参加することは、大変な楽しみと同時に、その準備も大変です。多くのサポートがあって実現します。
その一端の記録です。
2003年はノルウエーで開催され日本支部から日本支部会長が参加しました。
世界総会のデリゲーターは支部会長でありそれ以外の参加者は代理人となります。つまり支部会長はその国のリーダーとして
責任を負うことになります。しかし、参加する意義は大きく支部会長として真のIPAを理解する「場」と人脈を得ることになります。














宛先: <ipa-ml@ipa.gr.jp>
件名 : [ipa-ml:542] IPA世界大会等でのグッツ
日時 : 2003年4月26日 10:15













 
IEC、世界大会等では世界各国から各支部のメンバーが集まる訳ですから色々なグッツが出てきます・・・・結構、資金的に余裕の
ある支部は支部名入り(国名入り)のボールペン、キーホルダーを作成し、議場で各国に配布したりしている様です・・・一昨年の会場
ではイスラエル支部はかなり資金が潤沢の様で、各国のデリゲート、オブザーバー一人一人に専用の支部名入りのビニール袋にパン
フレット、支部名入りの帽子、グッツ等入れ配布していました。

 先日も流したピンバッジ等も交換するグッツの中では各国から出てくる物としては結構ポピュラーなものになりますが、その他には各国
の肩章のパッチも結構多く交換されています。
 この肩章については各国とも「本物」を出してきますが、日本は出せないのでモックアップとして販売されているケース入りの肩章を渡し
たりしていました・・・ただ、これは結構単価がピンバッジより高いのであまり出せませんでした。
です。

 またIPAの世界では各支部専用の「バナー」と言うものが国際的な集まりの場ではその支部の「証し」となる物になります
(特に決められたものでは無いのですが、各支部のステータスシンボルの様な物)。
 日本支部でも一昨年の米国でのIECでそれまで懸案だった当支部のバナーがようやく作成されたので、その議場の各国別のデスク上に
それぞれ配布し支部としてのPRを行っています。
 日本人としてはこの「バナー」に関しての習慣は無いのですが、IPAの世界での支部間の交換品としてはこの「バナー」が最上級のグッツ
になるでしょう。

 この「バナー」についても日本支部の物はほとんど世界に出回っておらず(百数十枚位?)、現在でも「超」レアな物となっています・・・
支部でも現在、在庫はあるはずです。

 参考までバナーの画像を添付します。
 
                       北海道 会員





宛先: <ipa-ml@ipa.gr.jp> 件名 : [ipa-ml:561] 世界大会参加 日時 : 2003年5月3日 2:33

会員各位 

会議参加に際しまして、種々お騒がせしております。 準備も満足にできないうちに出発の余儀なしにいたり、如何に力不足かを痛感してお ります。

もう少し様子を見て事情が分かってから次の会議にでも出席した方がよかったので は、という声もありました。 (家内が私の準備状況を見かねての呟き。)

とりあえず下記日程で出発します。
5月8日(木)  関空発            アムス経由でオスロ、ベルゲンへ
5月12日(火)          トロンヘイム着  
5月13日(水)〜18日(日)  会議  
5月19日(月)          トロンヘイム発コペン、アムスへ  
5月24日(土)          関空着  

パソコンの不調と出張準備等でご挨拶が遅くなってしまい恐縮です。 皆様方の海外赴任は日本支部の将来に明るい希望をもたらすことを暗示していて誠に 喜ばしいことだと思います。

会議のアジェンダを見ておりますと、ギリシャのデリゲートにかって私が同地に赴任 していた折に、懇意にしてもらった警察官の名前がありました。 今から会えるのを楽しみにしておりますが、なんと20年ぶりということになりま す。 任地におかれて築かれる人間関係はグローバルなもので、きっと将来役立つことと思 います。   慣れない土地で厳しい状況に直面することもあろうかと思いますが、御身ご慈愛下さ い。 皆様の益々のご活躍とご健勝を祈念いたしております。

日本支部会長                                             


Subject: トロンヘイム着


会員各位

12日、午後6時頃(RT)ホテルへ無事着。
持参したパソコンもやっと今日つながりました。
初めての海外使用なので接続がうまくできず、あきらめかけたいたところです。
ここのホテルはSAS系でインタ-ネットのジャックもあり設備が整っていたからだと思います。
久しぶりにメールチェックができました。
出発に先立ちまして会員の皆様からは、いろいろと激励のお言葉をいただきありがとうございました。
今日13日、10頃外へ出るついでに受け付けで到着登録をしてきましたがまだ、仲間らしい人にはお目にかかっておりません。
これからというところでしょうか。
時差ぼけもオスロ、ベルゲンを周るうちに回復し、何とか体調は大丈夫なようです。
日本との時間差はー7時間です。
とりあえず、着報といたします。


件名 : [ipa-ml:692] トロンへイム報告もどき
日時 : 2003年7月29日 17:24

晴天会員の皆様へ
  IPA世界大会に参加して

  お変わりありませんか。
  梅雨明けも例年よりは大分遅くなったようです。
  庭は蝉の羽化するときに這い出してきた穴で一杯、気持ちが悪いほどです。
  その上、鳴き声が煩くて朝寝坊の私には腹立たしいばかりです。
  遅くなりました。
  何とかパソコンも、メールを主に使えるようになりました。
  まだ途中で、パッと真っ黒になり、ウンーもう、という事がときどきあります。
  そんなことで迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

  会議結果は本部からレターで来ておりますのでそれを参考にしてください。
  小生の方は、新会員の方も多いので会議参加の様子などをお伝えして、これから会議にデリゲート、オブザーバーある
  いはビジターとして参加される方々の参考に会議の様子と私たちの旅行日程全体についてお話させていただきます。
   
1 はしがき
  話はじめは各国の国民性が出るといわれております。
  フランス人はぶどう酒の話から。
   (今年の葡萄は天気もよく、実入りも良かった、何処の地方でもいい仕込みができたのではないか、ドイツなどに負
  けられるか)
  ※ ノルウエー滞在中、アルコールが高くて口にできず、ぶどう酒談義はだめでした。仏〜IPA会員
  
  ドイツ人は単刀直入に本題から。
   (われわれドイツ人は論理的な国民である、グタグタ言うのは好みでない、単刀直入に結論から話す)
  ※ 本当は理屈っぽくてどうでも良い事をいろいろとケチをつけるのです。  
    今回の会議でも、必ず一言物申しておりました。  
   
  アメリカ人はジョークから。
   (レーガンが狙撃された直後、心配してとんできたナンシー婦人にちょっと体をかわしそこなっただけだよ、と言った
  とか)
   ※ 話の導入ではないのですが、アメリカ人はユーモアに富んでいます。
     会議のロールコールで、大概はプレゼントと返事していましたが、よく聴いてみるとプレゼンテと言っている人も
  いました。きっとスペイン語系の国の人でしょうか。
    そんな事もあったのか、次のときにはアメリカ人はヒヤー(here)といって笑わしていました。
  そこで私もJapanといわ
   れたのでハイッと返事をすると皆、同様に笑っていましたが、会の雰囲気が和んだ気がしました。
    
    では日本人は何から話を進めるか。ご推察のとおり言い訳からです。
    僭越ですが、ご指名により、、、、先輩諸氏のおいでの中で私が、、、、高いところから申し訳ありませんが、、、、、
   そのくせ、指名がなかったり、順番が後になるとうるさい事になります。
   
    私もだいぶパソコンを精に言い訳をしてきました。
                                      
                                      

                                      
                       次回へ



晴天プロローグが長くなりました。
今回から写真を添付いたします。
(5月13日、受付準備が完了した直後の様子)
文面と合致しませんが、それなりに雰囲気が出ると思います。
写真が大き過ぎると思います。注釈などの入れ方などのテクニック等何方かご指導ください。
また、ご質問やご意見、ご不審な点があればご指摘くだされば幸いです。


2 会議について

  
会議は毎年一回、国際事務局会議(IEC)が開催され、3年目が世界大会(WC)となります。
今年は世界大会の年でノルウエーのトロンヘイムで第17回世界大会がこの5月に開催されました。
次回は2006年アイルランドで開催の予定です。その間に、国際事務局会議が2004年チェコのプラハ、2005年ロシアとなっています。
議場に入れるのは各支部からデリゲートが1名、オブザーバー2名、計3名です。

通訳を同席させるのであれば、座席の関係で事前に開催国事務局と打ち合わせをすれば通訳の席は確保できると思います。
ギリシャの一行は、何故か4人分の席を確保していました。
ビジターとしてであれば、会員及び家
族は自由に参加できます。

事前に所定の様式で、デポジット(ホテル代金の一部)を添えて申し込むようになっています。(最後に手続きの具体例、通訳の必要性など
に触れたいと思います)
このトロンヘイム大会が開催されたのが、5月の13日から18日までの間で、私と家内が夫々デリゲート、ビジターとして参加しました。
本大会への参加に際しては、他の会員からも参加希望があったのですが、申し込み時は丁度異動時期直前であり、異動になった場合に
新所属から出席はとても無理とのこと。

また、仕事の都合上纏まった休暇が取れない会員もおられたようです。
やはり往復とも連続10日近くの休みは夏休時期を除いては、通常取れないのが日本では普通だと思います。

結局OBとして比較的余裕のある私がデリゲートとして参加することになりました。

  ビジターとして家内を同行しましたのは、退職時に何処へも卒業旅行らしいことをしていなかったのでこの際会議に便乗して卒業旅行を
兼ねて久しぶりに海外へ出てみようと思ったからです。

  家内からは、もう少し様子が分かってから参加したらとの意見があったのですが、強行(?)したために結果的に、家内に不安を与えること
になってしまいました。関西国際空港近くに住みながら海外へ出るのは20年ぶりでした


  そして出国に際して、既にEDカードが廃止されているのを初めて知ったと言う今 浦島ぶりでした。
会議は5月13日から18日までの間でしたが、同じ行くならということで5月8日に関空を出発、24日に帰国する日程としました


                              
    続く




件名 : [ipa-ml:713] トロンヘイム報告もどき(3)
日時 : 2003年8月5日 17:41

会員の皆様
やっと夏らしくなってきました。

元気なのは、蝉だけだとか。鈴鹿の方でも我が方会友の活動が元気に伝わってきます。
小生も老骨に鞭打って頑張りたいと思います。
暑気負け、蓄積疲労、食中毒など充分注意して楽しい夏にしたいものです。

 

3 トロンヘイムという町

私にとっては初めて聞く名前でした。
学生時分に使った社会科の古い地図帳を引っ張り出して所在地探しから始めなければならないような状態でした。
地図によれば、首都オスロから北へ直線距離で約500キロのところにありました。 

その後、旅行案内なども参考に調べたところ、ベルゲンに次ぐノルウエー第三の都市で、オスロに首都が移転する前の古都であるという
こともわかりました。主催者側の案内によりますと、人口15万人、1000年以上のバイキングの歴史を持つ伝統ある町ユネスコの世界遺産
に指定されている旧鉱山町が有名とのこと。
その美しくて静かな町は、参加者には忘れ得ない想い出となるでしょう

会議後はフィヨルドの水際やその景観を楽しみながらボートで帰国するのも由あるいは北に足を延ばして白夜を楽しむのも由といった調子で
した。
ゆっくりと北欧の町を探索すべく、旅行計画を立てるのが旅行の楽しみの一つなのですが、膨大な会議資料に目を通すのが精一杯で、観光
日程や場所についてはビジターの役目ということで旅行関係はすべて家内に任せきりでした。
こんな手抜きが後でわが身に降りかかってくるとは思ってもみませんでした。

トロンヘイムへは、直接赴かず、少しゆとりを持ってオスロ、ベルゲンへ立ち寄 ることにして5月8日の朝、日本を出発しました。
関空からはオスロまでの直行便はなく、アムス乗換えのKLM機を利用したのですが航空券の手配、ホテルの予約等はHISにお願いしました。
この間、昨年の10月に来日したスエーデンのJANさん一家を訪問すること も考えたのですが、どうしも日程上、都合がつかず諦めました。

アムスで5時間ばかりのトランジットでいい加減うんざりしながら初めて踏む北欧の地に着いたのが現地時間の午後8時でした。
(アムスまでは11時間の飛行でした)
そしてオスロで2泊。オスロから山岳鉄道でベルゲンへ。ベルゲンで2泊後、空路トロンヘイム入りしたのです。 
トロンヘイムはフィヨルドと河に囲まれた絵のように本当に美しい町でした。

写真は倉庫として使用された建物ニーダロス大聖堂の遠景(中世の建物ではノルウエー最大)クリスチャン要塞から見た町並み  

                                      
            次回へ 
                      
                


名 : [ipa-ml:716] トロンヘイム報告もどき(4)
日時 : 2003年8月8日 23:17
 
4 登録手続き・開会式

13日には参加者の受付登録が始まります。出発前にホテル代の一部をデポジットしていましたが、滞在費は前払いでした。
担当者は赤いシャツを着て、何処からでも目立つようにしておりました。
ちょっとしたことですが、慣れないものには大助かりです。
ホテルの部屋へ連絡に来ても関係

者であることがすぐ分かり、安心して話ができました。

前払いが終わるとネームカードが引き換えに渡されます。
(ネームカードは他の呼び方をしていましたが、忘れました)
これを胸に付けておかないと食事ができないようになっています。

滞在費の前払いと同時に出発時のエクストラも忘れずに払って
欲しいと念を入 れるので、よく聞いてみると前払いでないと
滞在費を支払わずに帰る連中がいた、とのことです。

以前にそういう例があり、今でも取り立てが続いていると言って
いました。
相手は警察官なので何かの間違いではと思うのですがが、そうで
もないようです。午後遅くには大方のメンバーが到着、諸手続き
を終え順次レストランで夕食を済ませます。この時初めてゆっく
りと仲間と話す機会ができます。

私の場合は最初に話をしたのがケニアのデリゲートとオブザーバー
でした。

そして彼らとは最後まで親しく付き合いました。もっとも会議の
席がアルファベット順で、隣同士に座ったということもありまし
た。

   

14日は開会式で、式場は私達が泊まったSAS系のロイヤルガーデンホテルの筋向いのトロンヘイム・シンホニーホールで行わ
れました。

ビジターも含めて全員が参加します。
トロンヘイ・ムシンフォニー・オーケストラのノルウエー国家の演奏で始まり、トロンヘイム警察合唱隊の参加もありました。

開会式の挨拶はノルウエーのIPA会長から始まり、警察庁長官、法務大臣・市長(40代前半くらいの若い女性市長でした)
地元署長等々の挨拶があり、IPAの存在感や影響力の大きさにはびくりさせられました。

内容はトロンヘイムの美しい町の紹介や憲法記念日における開催の意義、平素の警察活動に対する謝辞、激励などだったと思
います。(あまりよく分かりませんでしたが)

締めくくりはIPAのオデッセオス会長の挨拶で終わりました。

さらにIPAが現地の孤児救済に寄付・献金を行い多大な貢献があったとして関係者から感謝の挨拶あり、IPAがその精神に
則り地域社会に密着した活動をしていることにも感心させられました。

式終了後、デリゲートは広場に集まり記念写真を撮って開会式関連の行事は終わります。

午後から早速会議で、予定表によれば16日の午後6時まで缶詰となっていました。

                          次回へ続く

     写真: 開会式場前で待機

          宿泊したホテル(会議はこのホテルの2階で行われた)

          広場に集合したデリゲート(クレーン車から撮影していた)




宛先: <ipa-ml@ipa.gr.jp>
件名 : [ipa-ml:741] トロンヘイム報告もどき(5)
日時 : 2003年8月24日 1:15

会員の皆様

盆も終わり、数日で9月になります。

蓄積疲労など出しておりませんか。

健康には充分ご留意ください。

外国の会友が来日(来阪)予定です。可能な限りアテンド等よろしくお願いします。



5 会議

  会議は英語でおこなわれます。

  IPAの公用語は英・独・仏の3ケ国語です。

当初、会議は主催国の会長が議長となって母国語で主宰すると思っていたのです。

当然ノルウエー語で行われるとの思い込みがありました。

よく考えるとそんな訳はないのですが思い込みとは恐ろしいものです。

ノルウエー語から日本語への通訳をやっと探し当てたのですが結果は英語での会議ということでした。

これは先に会議に出席した経験のある先輩諸兄に確認して一挙に解決です。

ところが、今度は英語から日本語への通訳探しが問題でした。

結果的には在ノルウエー日本大使館の伝で何とか確保できました。

詳しい経緯や依頼に関しての問題点、通訳の必要性などについては後ほど触れたいと思います

会議はIPA国際会長が主宰します。

オデッセオス会長の英語はゆっくりとそして訛りはありますが明瞭な発音、適当な区切り、はっきり した話し振りで非常に分かりやすい言葉でした。

  それに反しておもしろかったのは、ニュージランド代表でした。

オーストラリアの提案(モーション)で「アドバイザーの会期」に関する支持発言だったのですが、議長に発言許可を得ると「サンキュウー・プレジデント」といって何やら早口で話し始めました。

これがまったくチンプンカンプン。

みな一瞬唖然としていました。議長もキョトンとした様子。

暫くして誰かが意味不明であると言ったことから、英語の英語による同時通訳が始まりました。会場のムードが和み笑いの広がる一幕でした。

恐らくこの英語が分かったのはオーストラリヤとイギリスの一部の人くらいではなかったかと思います。同時通訳の英語は慣れるまでは少し聞き取り辛いのではないかと思います。

といっても、議場で直接交わされる英語は喧々諤々の議論はやはり充分には理解し兼ねました。

会議は昨年行われた事務局会議を元にしたアジェンダがあり、約30項目について討議が行われます。議題ごとにコード番号が付されており、コードごとの討議が進められます。これらが会議日程の中に割り振られているわけです。

  提案事項(モーション)とその根拠・理由(ジャスティフィケーション)が示されています。提案支部がそれを説明します。それを前記のように賛同支部が支持発言をするのです。

  一通り終わると、今度は反対意見を議長が募ります。

  意見が出揃うと議長が取り纏めて採決に入ります。

  本意見に対して「アグリー」は、「アゲインスト」は、といって各デリゲートの手元に配布されている札を掲げさせます。

 議題によっては「アブステンション」(棄権)は、ということもありました。

  アジェンダの主なものしては、会員証のカード化、スペイン語の公用語化、規定の改正、会計報告、役員の改選等でした。

  本大会は役員の改選時期でもありました。そのため立候補者のロビー活動が盛んで、投票してくれそうなデリゲートのところへ行っては盛んにアピールをして回っておりました。

予め立候補者はアジェンダの中に名簿として掲載されていますが、別にプロフィールなどを印刷して紹介されています。

大体どこの支部の誰が立候補しているかはそれで分かるわけですが、ピンバッジやエンブレム、ボールペンその他の記念品などを配りながらの買収(?)です。

 エンブレムやピンバッジの収集家が多く、かなり効果があるようです。

 会議に出席するときはこれらは必需品です。

 私も、ピンバッジやエンブレム等を相当数持参しました。

 (参加に先立ち、これらの記念品を持参するようにアドバイスを頂いた会友の皆さんにこの場をお借りしてお礼申し上げます。)

 投票は会議の最終日に行われました。立候補者の意欲ある選挙運動には脱帽するのみでした。

 投票用紙は手札位の大きさの白紙が10枚位配布されます。

 フィンランド支部のアホーネン副会長が選挙管理委員長となりアシスタントを数名指名します。

 投票で過半数を確保すると当選です。

 過半数に達しない場合は上位2人を再投票して過半数を得たものを当選者とします。

 プロジェクターを使って逐次経過報告されます。

 無記名投票ですが、隣近所・周辺は見え見え。隣のイタリヤ代表などは私の投票用紙を覗き込んで、そんな名 前の候補者は「いないよ」とお節介を掛けてくる始末。実際は彼の勘違いでしたが。

  ケニアの代表とは、本会議はヨーロッパ職が強いので圏外の役員を当選させようということで「談合」が成立し ました。

  何人かの該当する人が当選しましたが、その結果(?)でしょうか。

  (選挙結果は送付のあったニュースレターの通りです)
   

写真説明:会議場は国連のような円卓タイプではなく雛壇形式でした。


   会議場内全景

   役員の座る雛壇

   支部デリゲート席(後ろのガラス内が同時通訳ブース)




トロンヘイム報告もどき(6)


日時 : 2003年9月12日 0:26


6 ビジター

  一方、ビジターはデリゲートやオブザーバー等が会議中、主催者側が準備してくれたバスツアーに出かけます。

  市内と近郊の名所を巡るデエィトリップで、バスは英・仏・ラテン系の3カ国語仕立てで自分の好みのバスに乗るようになっているとのことでした。

  家内はラテン系のバスを選んだと言っておりました。
特にはっきりした理由はないようですがギリシャで3年間過ごしたものですから何となく毛色や体格の似た親しみの持てそうな人種が乗り合わせるであろうバスを選んだのだと思います。確かに付き合うのにはアングロサクソン系の人よりは何となく親しみが持てそうです。  

  余り語学が得意でない家内にはどのバスを乗っても同じようなものなので、適当な選択だったかもしれません。
初めはたとえ同じ釜の飯を食う仲間だというだけで、唯一人で見知らぬ人達と2〜3日間過ごせるのかと心配しておりました。

 ただ、少し安心だったのはギリシャで3年間過ごしたものですから外国人慣れと言いますか、外人おじしないということでした。
それと主催国が計画してくれるツアーであり、身の周りの安全は全く心配ないということです。一般のツアーや単独旅行ではこのような訳には行きません。これもビジターとして参加することの意義の一つではないでしょうか。

  このツアーでは、市内の中心地に建つトリグヴァン1世像を初め、王宮やニーダロス大聖堂、大司教宮殿それに少し外れますが音楽歴史博物館、屋外民族博物館等な案内書にあるようなところは殆ど見物できたとのことです。

  家内によると、ツアーで印象に残ったのは、郊外に出たときに道路両側に残雪が広がり、前方の氷河が残した爪跡を露わにした厳しい雪山で、視界一杯に広がっていた

  景色は忘れられないといっておりました。立山の雪のトンネルとはまったく違った迫力があったとのこと。

  ところで、残念だったのは、白夜を経験できなかったことです。白夜を見るには、もう少し北の北極圏に位置するトロムソという町まで出向かなければならず、時期的には少し早かったようです。

  北極圏まで行くと、海岸に立ったとき正対する水平線に太陽が緩やかに弧を描きながら沈んでくるとそのまま水平線に隠れずに反対に弧を描いて昇ってゆくという真の白夜をみることができるそうです。

  ここ、トロンヘイムでも白夜は既に始まっており、午後11時過ぎても外は明るくホテルの窓から見える小高い丘の民家のガラス窓のようなものが夕日に照らされて未だギラギラと輝いているのです。そして足下の橋を人がをまばらですが散歩か何かでぶらぶらとしながら通りすぎてゆくのです。

  朝はもう4時には明るくなっており、カーテンをしっかりと閉めないと眠れないような状態で、とても日本では想像もできないような体験でした。



   写真  残っていた古い跳ね橋

       ホテルの窓から(11:30pmごろ)

       鉱山跡のたこ部屋(?)

       跳ね橋の袂の露地

                                




トロンヘイム報告もどき(7)

日時 : 2003年9月26日 23:42

7 パレード

  こうして、デリゲート、ビジターのそれぞれの日程は16日で終わります。
  17日はビジター、デリゲート等はパレードに参加するよう計画されていました。

  この日は、ノルウエーの憲法制定記念日であり、また子供の日にもなっております。

 何処の町でも目抜き通りでパレードが行われ、国を挙げてお祝いをするとのことです。


  ここトロンヘイムでは、午前中は子供、午後からは大人がパレードをすることになっています。
  子どもたちは朝早く起き民族衣装に着替え、パレードに出るのを楽しみにしています。パレードでは、各学校にあるブラスバンド部を先頭に歌を歌い、小旗を打ち振り沿道の見物の人たちと共に歓声をあげながら誇らしげに目抜き通りを行進します。

  成人のパレードには、各地区からスポーツクラブや社会活動団体、警察の音楽隊や成人のブラスバンド部などが参加します。

 その中でテコンドーや空手クラブなどの参加も見られ空手熱がこの北欧の地にも押し寄せているのには驚きました。7地区からの参加だとか言っていました。

 IPA関係者はこの成人の部に参加します。
  参加者は開会式の時と同様に民族衣装やお国の警察の制服を着てホテル前に集合します。
 (会議参加申込身時の案内で予め制服または民族衣装を準備してくるようにとの要請があります)

 出発時間まで参加者はお互いに記念写真を撮りあったり、お喋りをしながら嬉々としている様子は本当に大会を楽しんでいる感じでした。

 中には、両親と共に参加している一家も目にとまりました。警察官としてまたその家族として誇りを持っている姿が実によく伝わってきます。 20ヶ月(何歳ですかと聞くと月で返が返ってきました。)という子供をつれている婦警さんもおりました。

 また、イギリスの熟年の警察官がスコットランドのあのパグを抱えた民族衣装で参加していましたが同僚に冷やかされ、その上スカート(?)を引っ張られて逃げ回っている姿は大人といえ微笑ましい一齣でした。

 ニュージランドのデリゲート等は制服でしたが、何と26時間も掛かって重い制服を運んで きていたのでした。

  私達は、それぞれ羽織を持参していましたので、子供のパレードの見物時に着てみたのですが、スーツの上に羽織り、しかも足元は靴という格好で余り様にならず、本番では脱いで平服にしました。

  準備が出来ると担当者からノルウエーの手旗と国名を書いたプラカードが手渡されます。

  パレードの出発地へはバスで向かいます。
 全員が乗り込むと、待機していた白バイが当然のように観光バスを先導して出発地へ向います。日本ではこんなときに白バイを使うときっと問題になるのではと少し引っ掛かっていましたが全く違和感がありませんでした。

 ヨーロッパでは警察組織とIPAが一体であるということを聞いておりましたが、この時もまたそれを痛切に感じた次第です。

  パレードは聖オラヴ1世王の銅像の立つ広場に向って行進します。

  そこでは市長がお立ち台で手を振って迎えます。市長の前を通ってパレードは流れ解散となります。

  デモやパレードの警備は、たびたびやりましたが、当事者として行列に加わるのは初めてで大勢の見物客の前をプラカードを持って歩くのには戸惑いを感じました。




 
写真の説明

*聖オラヴィ一世像の立つ広場(パレードの後日に撮ったもの)

*待機中のパレードの先頭

*沿道で見物する人々

*お立ち台でパレードを迎える市長    











件名 :トロンヘイム報告もどき(8)
日時 : 2003年10月10日 23:24

彼岸花が終わるころ、何処からともなく金木犀の香りが漂ってきます。

公園の片隅には伽羅蕗の花芽が黄色くなり間もなく咲くと言っております。

季節の移ろいが身近に感じられる日々です。

(先に彼岸花が少なくなっているようことを言いましたが、群生しているところはいくらでもあるとか・・・・失礼しました。)



8 最後の晩餐

17日のパレードが終わるとその夜は晩餐会です。

案内では、Grand banquet followed by dancing (formal dress)となっていました

会議場に使用された部屋がbanquetに使用されます。

会議時の角机に代わり丸テーブルがセットされて、何時ものディナーよりは幾分上等の料理が配膳されました。この晩餐で期間を通じて、はじめてアルコールがサーブされました。といっても乾杯用のシャンペンとぶどう酒だけでしたが。

アルコールは嫌いな方ではありませんので、家内の分まで頂きました。

今まで馬鹿らしくて高いアルコールは飲む気にもならなかったものですから、何かわくわくするような錯覚を覚えました。参加者も皆同じ気持ちの人が多かったのでは。

杯を片手に友人間のがテーブルを行き来して、席は当然のことながら賑わいざわめき、盛り上がっていました。

 一通り役員の挨拶が終わり閉会が近づくと、ほどよい機会にウェイトレスがダンス時のアルコールの注文をとりに回ってきます。わざわざ有料ですと念を押すところが面白いところです。
そしてダンスの準備が始まります。

バンドが室外で待機する中、テーブル等が片づけられてダンスフロアーに早や変わりです。

やがてオーケストラの演奏で思い思いにダンスが始まります。
私どもは、このような事は苦手なので早くひきあげましたが若い方はダンスを覚えておかれると楽しいものになると思います。ジルバやマンボ位は出来るといいと思います。

他の人々はダンスに興じ、最後の夜を遅くまで楽しんでいたようです。

18日は、いよいよお別れの日です。

帰国の途につくもの、バケーションで他国へ発つもの、もう一日延ばして観光するもの、それぞれの想いを胸に抱きながら三々五々ホテルを後にしてゆきます。
そんな光景の中で今でも印象に残っていることがありました。

朝のロビーでのことでした。

  一組の夫妻がチェックアウトをしているのを見かけた家内がお別れの挨拶をしてくるといってソファーを立っていきました。
夫妻はスペインの人で、家内はツアーが一緒だったようです。

  そういえば、パレードのときに写真をとったり昼食時に一度、席を同じくした記憶がありました。
私はあえて挨拶することもないと思い座って待っていると家内が目を潤まして戻ってくるのです。

  どうしたのだと聞くと、相手の人が涙を出すものだからついつられて、とのことでした。 

  一期一会という言葉があります。

2〜3日の触れ合いなのに、人情というのは本当に民族に関係なく共通したものであると改めて感じたことでした。

  昨年の秋、スエーデンから来たヤンさん一家4人を受け入れたことがあります。たった一日のスティでしたが、このときも感動したことがありました。

どんな話からかそうなったのかは覚えておりませんが日本の伝統ということで家内がヤンさんの奥さんに着物の着付けを教えておりました。

奥さんは着物に大変興味を示していたようなので、家内は着古しでよかったら差し上げるからといって帯びを揃えて一組プレゼントしていました。勿論、本人は大喜びでした。暫くして、IPAの仲間と交番見学に出かけていたヤンさんが帰ってきたのですが、それを奥さんから聞いて大変喜んでくれていまた。

  そのとき、ちらっとヤンさんの目に光るものを見たのでした。

  ヤンさんからは是非スエーデンに「来てほしい」といわれていましたが、隣国に行きながら日程とコースの関係で割愛してしいました。

  そんなことを思い出して、長い間忘れていたものを見つけたような、さわやかな気持ちになりました。

  私達は、その日は一日延ばして再び訪れることのないであろうトロンヘイムの町を見物することにしていました。

バスとトラムウエイ共通の一日乗り放題の切符を買って、地球上で一番北を走ると言われるうトラムにのり、バケーションで有名なスキー場のあるスキツアにバスで出かけたり、見残したトロンヘイムの自然と町、人々の週末の過ごし方などを体験してきました。

 

  写真 スペイン人夫妻と

     地球上の最北端を走るトラム

     スキツアのゲレンデ前で


                             
IPA日本支部会長


トロンヘイム報告もどき(9)
日時 : 2003年11月2日 21:50


9 通訳について  

  世界大会がどんなものであるか早くその様子を知りたいという思いで、敢えて「目くら蛇におじず」(差別用語かもしれませんが)で参加したものですが、やはり通訳のことが一番心配でした。

 在ノルウエー日本大使館にメール連絡、その紹介をもとに何とか通訳をしてくれる日本人女性を探すことができたのですが、細かい打ち合わせをする間がなく、現地で話しをする状態でした。

 ところがノルウエーの物価がかなり高く、通訳料も全滞在中のアテンドを依頼すると20万円位とのことでした。(為替レートは手数料ともで1クローネが約20円、目安はビールのロング缶が銘柄によりますが大体800円、タバコ20本入り一箱で1、000円位の見当です)

とてもそんな支払いはできません。幸い契約はしておりませんでしたのでお断りしたのですが、彼女は近く日本に7年ぶりに帰る、日本円でいいから兎に角通訳をさせてほしい、と泣きつかれ会議中だけということで何とか折り合いました。

実際、通訳が必要か否かは、会議の種類や参加者の英語能力にもよりますが、世界大会に限れば事前にアジェンダの配布があり、目さえ通しておけばそれに従って議長が議事を進行しますので、喧々諤々の議論をしない限り必要はないと思います。

結果的には極論ですが、議長が修正や取り下げがあってもそれを要約して、反対は、賛成は、あるいは棄権は、とアジェンダごとに採決を求めますのでそれさえ掴めれば十分です。

当然意見があれば挙手して反対賛成の理由を説明すればよいのですが、これは相当勉強しておくか、通訳をつけても事前の打ち合わせが必要でしょう。

できれば、デリゲートとオブザーバーの複数出席で、資料を事前に検討、打ち合わせを行い、会議を通じて相談できる体制で臨めばよいのでは。

(勿論通訳を依頼するに越したことはありませんが、ノルウエーのような物価や人件費の高いところでは敢えて通訳を依頼することはないと思います)

因みに私の英語力(?)は、日常会話が日本人的にトツトツと話す程度で、ヒヤリングはNHKの2ヶ国語放送、「ニュース7」の英語が60%〜70%くらいが聞き取れる程度です。

しかし、主催国の人々の暮らしぶりや観光地の穴場を知りたい、という方や社会・政治問題等に関心のある人はガイドを兼ねて通訳を依頼されるのが良いと思います。

その場合はできる限り、現地の在留邦人や現地の大学に留学してきている日本人学生などを探すのがベターではないでしょうか。

通訳をつけるのであれば当然前もって事務局に席の確保を申し出ておくことが必要です。私の場合は事情が事情でしたので、当日会議開催前に事務局の女性にお願いして私の横に一席確保してもらいました。(同時通訳に使用する機器の員数の問題もあります)

10 SEEING IS BELIEVING

警察官自身はもとよりその家族にとってIPA会議に参加することは、日常生活の行事のよう組み込まれているような印象を受けました。

それぞれが警察関係者として、誇りを持つて参加しているのは勿論のこと、同時に会場での仲間との再会を喜び、終わればまた、次回参加を楽しみにするというそのよな自然な感じです。

会議が終わった後は、直接帰国せずにその足でバケーションに引き続き出かける人も多いようでした。毎年一回の会議に合わせて休暇をとり、旅行を計画しているようです。

出国時に同じ飛行機に乗り合わせたデンマークの夫妻は、帰国せずこのまま大西洋に面する小島で休暇を過ごすのだ、と言っておりました。

私達はコペンハーゲンでバゲッジクレームに向い、彼らは逆にトランジットへと進んでいくのでした。

   私共も20年も前にギリシャで懇意にしていた警察官と再会しました。

昨日別れた人と会ったような感じで、全く違和感がなくただ懐かしさで一杯でした。
日本は一度は行きたい国だと口癖のように行っておりましたが、北欧の国で会えるとは夢にも思いませんでした。
  彼は今回の選挙でAISG(Assistant International Sec. General)に当選したのですが、日本でも会議を是非開催してもらいたいと言っていました。

彼からオデッセオス会長やトルコ、イタリヤ、スイスなどのデリゲートを紹介してもらいました。

会長はキプロスの出身で、私がギリシャに滞在していたことがあるというので親しくしていただきました。
お互い初対面であっても、共通した仕事をしている、あるいはその家族だという仲間意識が言葉や文化の壁を越えて一体感をもたらしてくれるようです。

 団体のパックツアーでは味わえないものがあると思います。

  そして、その国際的な出会いが、何らかの形で将来役立つであろうことは間違いありません。

私どもOBはもとより、特にバイタリティに富んだ、そして優秀な能力を持ち、将来の日本警察を担う若き会員の積極的な参加をお勧めする次第です。

 


 写真  出国時に同乗したデンマークの夫妻と

     ギリシャ支部会長と今回AISGに当選した彼(向かって右の人物)  

     記念撮影(アメリカの一行)